肥満防止の研究に遺伝子レベルからアプローチ

 

リードマンは、この遺伝子を肥満遺伝子(ob遺イ云子、obはobesity =肥満の略)、この遺伝子によって指令され、つくられるタンパク質をレチンと名づけた。レプチンは脂肪細胞がつくるホルモンで、その語源は、ギリシア語のレプトス「痩せる」に由来する。このレプチンこそが、レイベルが必死に探していた飽食シグナルを発生させる根源なのである。肥満遺伝子に欠陥のあるマウスは、レプチンが全然できないか、できそこないのレプチンをつくる。このタイプのマウスは食欲が異常に旺盛で、食べつづけ、ブクブクに太って、体重はふつうのマウス3倍にもなる。マウスではレプチンが不足することが肥満の原因である。それなら、レプチンを肥満マウスに注入すればデブは治るはずである。そこで、レプチンを大量に生産することになった。

 1995年の夏までに、いくつかの研究チームが組み換えDNA技術を利用してレプチンの大量生産に成功した。そしてマウスにレプチンを注入して効能を調べることになった。用意したマウスは、肥満遺伝子の欠陥による肥満マウス、別の原因による肥満マウス、ふつうのマウスの3種類。これらのマウスにレプチンを注射したところ、肥満遺イ云子の欠陥による肥マウスはあまり食べなくなり、スリムになり、劇的な効果が得られた。マウスの体内に注入されたレプチンが脳の視床下部にはたらいて、食欲を抑え、過食をやめさせたのである。これをヒトに応用すれば「夢の痩せ薬」ができて大儲けができる。

     レプチンはたちまち大評判になった。連日、ロックフェラー大法務部では、製薬企業各社の最高経営責任者(CEO)からじきじきの電話が暄りつづいた。


これは、大学始よって以来の珍事であった。誰もが一番乗りを目指したのである。同大の法務部は、電話か文書で入札を促した。こうした競争のすえ、カリフォルニア州のアムジェン社が、ロックフェラー大学に26億円を支払い、肥満遺イ云子にかかわる物質を生産する独占権を手に入れた。

 そんな喜びも束の間のことであった。肥満遺イ云子に欠陥はないが、別の原因による肥満マウスやふつうのマウスでは、レプチンは全然効かなかったからだ。レプチンの注入は、肥満遺伝子に欠陥のある特殊なマウスにだけ「痩せ効果」があることが判明した。これで異常に過熱したレプチン旋風はいっきに冷めた。