経済的評価が重視される時代背景

 

 わが国に国民皆保険制度が確立し、誰もが比較的少額の自己負担で、医療を受けられるようになったのは1961年のことである。それ以降、医療費は大きく伸びたが、高度経済成長の時代には、ほとんど問題にされなかった。国民が生み出しか富の大きさを表すGDP(国内総生産)は、60年代には年平均で約10%も伸び、70年代も年平均5%前後で経済規模が拡大していたからである。やがて、経済成長のスピードが鈍り、80年代に年平均3%、90年代1%台と経済成長率が鈍るにつれ、医療費の伸び率がそれを上回るようになり、「医療費抑制」「社会保障費抑制」が叫ばれる時代となった。日本の場合、巨大な国家財政赤字を抱えながら、少子化と超高齢社会に突入する事情があり、これが医療費・社会保障費抑制への関心をより高めている。これが、医療や福祉サービスの経済的側面が重視されるようになった時代背景である。

 この状況は、短期的に変化するとは考えにくい。一方、増えてきた高齢者は医療・福祉サービスを必要とする層でもあり、高齢化に伴い医療費・社会保障費は当然増える。一方で、医療費を抑制し続けたイギリスでNHS(国民保健サービス)が荒廃した経験などから、医療費抑制が過ぎれば必要な医療まで抑制され医療が荒廃してしまうことに、日本でも気づかれつつある。今後は、医学的効果だけでなくそれにかかった費用なども評価し、その結果を患者や国民に説明することが求められる時代になる。それが「評価と説明責任の時代」であり、医療・福祉の経済的側面を含む政策評価への関心が今後ますます高まるであろう時代背景である。

2 医療経済学・医療サービス研究の関心

 従来の医学界では、延命などの医学的効果への関心は高かったが、医療に必要な費用や資源に対する関心は低かっか。しかし、医療に配分できる資源が隕られていることが明らかになるにつれ、「効率」や[費用対効果]が問われるようになった。福祉分野でも、介護保険や支援費制度の導入後に、利用者が予想以上に伸びたために介護保険給付の急増や支援費制度予算不足などの問題が顕在化し、「費用適正化」が課題になっている。それらを背景に、より少ない費用で、同等もしくはより大きな効果を生み出寸「効率的なサービス」への関心が高なってきた。それに応える研究方法論を蓄積してきたのが、医療経済学である。

 経済学の関心の一つは、「隕られた資源の最適な配分のあり方」にある。医療・福祉に配分することができる費用もマンパワーも無限ではない。それらをいかにうまく配分しマネジメントして、最大の効率や生産性を実現し、最大の成果を上げるのか。経済学の視点や方法を用いて、医療・福祉の特性に配慮しつつ、それを明らかにするのが、医療経済学(health economics)あるいは医療サービス研究(health services research) ((Cc飛而而))の一大テーマである。

 医療経済学や医療サービス研究の対象

 「医療経済学」と「医療サービス研究」「プログラム評価研究」「臨床経済学」の関係を整理しておこう。

 医療をとらえる時、その臨床面と経済面とに分けて考えることができる。医療の経済面を研究対象とし、経済学的な視点や方法論を用いて研究するのが医療経済学である。一方、医療サービス研究(health service research、(Column)参照)では、医療費など経済面だけでなく医療の質なども研究対象とする。

 また医療は3つーマクロ、プログラム(メゾ)、ミクローのレベルに分けてとらえることもできる。マクロレベルとは、医療制度・政策や国民医療費など (Academy for Health Services Research & Health Policy特別委員会、20〔〕2)

 医療サービス研究は、社会的因子、財政システム、組織の構造とプロセス、医療技術、そして個人の行動が、医療(health care)へのアクセス、医療の質と費用、そして最終的には健康と幸福(well-being)にどのように影響しているかを研究する学際的な科学的研究分野である。

 その研究領域(domain)は、個人・家族・組織・制度・コミュニティ・人口集団である。

ミクロレベルとは、一人ひとりの患者や医療職、個別の医療行為や技術に着目する臨床レベルの視点である。その中間に、プログラムと呼ばれるメゾ(中間の)レベルを設定することができる。例えば、医療・福祉サービスを考えるとき、国レベルのマクロの視点もあれば、一人ひとりの医療・福祉職に着目するミクロの視点もある。これらと区別して、チームや事業所、自治体(保険者)のレベルに着目して研究することもできる。これがメゾレペルである。そこでは、ミクロレベルの技術やサービスを、いろいろな形で組み合わせ一連の流れの中に位置づけて提供する。それをプログラムと呼ぶ。このプログラムレベルで、医療・福祉サービスのあり方や効果・効率を研究するのがプログラム評価研究である。

 医療の経済的な側面を扱う医療経済学にも、マクロからミクロレベルまでさまざまな分野がある。このうちミクロレベルの技術やプログラムレベルで、複数の選択肢を比較する「狭義の経済評価」を「臨床経済学」と呼ぶ。