大学院で何を学ぶか

 大学院では、「根拠なき実践・政策」「内省なき実践」「理念(理論)なき技術」の危うさ、恐ろしさを学ぶ一方で、「実践なき哲学」[技術なき理念]の虚しさにも気づくだろう。そして、修士論文執筆を通じて、研究=根拠作りに必要なプロセスを学び、それに必要な基礎的能力を身につける。多くの院生は、先行研究を知らないことに気づいて「無知の知」(自分の無知を自覚することが真の知にいたる出発点というソクラテスの教え)を知り、綿密な科学的研究に求められる条件の多さに驚く。自分か、事実の一面だけを捉えていたこと、「結論先にありき」で結論に合わせた分析や飛躍した論理や信念で結論を導いていたことを自覚する。また、わかりやすく表現することの難しさとともに、その基本的な方法を学ぶ。

 これらを通じて、研究することのつらさや困難に耐え、乗り越えたときに初めて経験できる達成感や研究の面白さを知る人は多い。また、大学院は、「創発場」「対話場」[システム場]でもある。そこでは、教員や院生同士とのやりとりのなかで、「共同化」「対話」や「表出化」「連結化」という知的刺激に満ちた経験ができるはずである。


 昔の医療・福祉職なら、ウォームハート(温かい心)だけで勤まったかもしれない。しかし、いまや複雑なニーズを分析し、効率や経営も計算に入れた上で、最善の戦略ヤブランを、冷静に考えなければならない。だからウォームハート(温かい心)だけではなく、クールヘッド(冷静な頭脳)も大事である。そしてもう1つ、医療・福祉においては、スキルドハンド(巧みな手・技術)も必要である。また、医療・福祉ケアの質、対象者や専門職のQOLを高めるには、目の前にいる方に対する言葉の掛け方から、技術システム、事業所・法人経営、制度・政策まで、すべてのレベルがうまくマネジメントされることが大切である。つまり、①ウォームハート(温かい心)、②クールヘッド(冷静な頭)、③スキルドハンド(巧みな手・技術)の3つに加え、④臨床から政策に至るあらゆるレベルのマネジメントが医療・福祉の質の向上に必要である。

 その実現のために、医療・福祉マネジメント研究の蓄積が望まれる。個人的な経験に終わらせず、「言語化」することで、「対話」や「連絡化」などが可能となり、そこからまた新たな実践・政策の工夫が生まれる。そんな知的生産活動の積み重ねと本書で試みだ体系化か、やがて福祉社会の開発へとつながっていく。

 医療・福祉マネジメント分野の研究の担い手がもっと欲しい。大学院生として学んだ先輩達からは、「直感の誤りに気づいた」という反省とともに「モヤモヤがスッキリした」などの声も聞かれる。「(限られた資源で)QOLを最大化するためのマネジメントの科学」「福祉社会開発に向けたevidenceづくに参加する人が生まれることを期待している。

医療福祉マネジメント:近藤克則著より