うつ状態と痴呆を見分けるコツ

 

 痴呆が脳の器質的な障害であるのに対し、うつ状態は脳の機能的な異常です。ただ、老人性のうつの場合は、その背後に加齢による神経細胞の脱落など、いわばハードウェアにあたる部分の問題もあるという特徴があります。さらに脳の機能的な異常は、心理的な原因や家族関係を含めた環境の変化なども関係しています。

 それは、自分の肉親が死んだとか、老後の生活や将来への不安、老いや死に対する不安といった了解可能なきっかけであることが多いのですが、そうした心理的な原因が解決されないことによってうつ状態におちいります。

 特に最近では、定年後の再就職がむずかしくなり、第二の人生がさびしいものになりがちなため、高齢者のなかには不眠に悩む人が多く、気力の低下や疲労感を訴え、ときとして絶望感に襲われるといった、うつ状態におちいっている人がかなりいます。六十五歳以上では、痴呆の患者が六%以上であるのに対し、うつ状態の患者はI〇%以上と、痴呆患者より多いと言われています。

 うつ状態におちいると、意欲や気力が低下し、何をするのもおっくうに感じられるようになります。これまで好きで楽しみにしていた趣味や毎日の習慣すらも面倒でやる気が湧かず、家にこもりがちになったりします。また、思考力や集中力が減退し、一つのことに長時間取り組むことが困難になります。

 治療という面からも、痴呆にともなううつか単独のうつなのかを、適切に判断することは大切です。

 単独のうつの患者さんの場合、一度聞いたはずの内容を確認されても「わからない」と答えたり、あるいは何を聞かれても「わかりません」と答えること(don't know answer)があります。一見すると、痴呆によるもの忘れのようにも見えますが、これは構神の活動レベルが低下し、答えるのが面倒なためにそうしているだけで、実際には覚えているのです。

 この場合、本人はもの忘れなどの記憶障害や不安などを強く訴えたとしても、実際の生活を見ると、基本的に問題がなく、自立した生活ができている場合がほとんどです。また、痴呆の患者さんのように、話している相手が誰かわからないとか、食事や排泄、衣服の着替えなど、日常の基本的な行為ができなくなるといったこともありません。ですから、うつ状態と痴呆を見分けるポイントの一つは、日常生活に支障をきたしているかどうかにあるといえます。

 アルツハイマー型痴呆では、うつ状態をともなう例が一五大二〇%ぐらいあるのですが、抑うつ的な気分や不安、周囲のものごとに興味を示さなくなるような状況はあっても、単独のうつ状態に見られるような食欲の低下や睡眠障害などは、あまり認められないのが普通です。

 また、うつ病の場合も、痴呆と同じように、妄想が起きてくることがあります。うつ病で特徴的に見られる妄想には、「貧困妄想」「心気妄想」「罪業妄想」の三つがあります。

 貧困妄想とは、自分かどうしようもなく貧乏だと感じられ、前途を悲観したりすることです。心気妄想とは、自分の身体が重い病気に冒されているのではないかと恐れること、罪業妄想とは、罪悪感にとらわれて自分を責めたりすることです。

 うつ病の患者さんの罪業妄想では、自分を責める傾向が強いのですが、痴呆の場合は、誰かにものを盗まれたとか、自分か非難されているというような「被害妄想」が目立つのが特徴です。

 重度のうつ病になると、何ごとにも喜怒哀楽を感じなくなります。そのため、表情が乏しくなり、他人に対する反応がほとんどなくなります。痴呆も似たような症状を呈するため、痴呆なのかうっなのかの判断がむずかしいのです。

 単独のうつの治療は、基本的に抗うつ薬で脳の機能を改善し、カウンセリングで本人の心理的な問題を解消することが大切です。