アルツハイマー型痴呆の忘れ方の特徴

 

 ものごとの記憶には、情報をインプット(記銘)し、それが保持され、後で思い出す(想起)、という三段階があります。たとえば、生理的な老化にともなうもの忘れでは、特に最後の段階の思い出す作業ができにくくなりますが、本人にはその自覚があります。また、日常生活においても格別大きな支障はないのが一般的です。

 一方、うつ病の場合は、感情の状態の異常なので、ゆううつ感、ものさびしさ、意欲の低下などが起こり、何もかも面倒に感じられたり、集中力が低下したりする結果、新しい情報をインプットすることも、古い情報を思い出すことも放棄してしまいます。

 これに対して痴呆では、情報がインプットされても、脳の障害によってそれを保持することができないため、三段階目の思い出すこと(想起)ができなくなります。

 思い出すというのは、前にも述べたように、「再認」と「再生」から成り立っています。痴呆を発病すると、初めのうちは最近の記憶が再生できなくなります。いわゆるもの忘れが多くなるのが特徴です。また、日時や場所、人が覚えられなくなります。そのうち昔のことも思い出せなくなり、過去の記憶もどんどん消え失せていきます。この段階では自分のいる場所もわからなくなっていますから、コミュニケーションが成り立たなくなります。

 さらに、記憶には、ものごとの意味や事実に関する記憶である「陳述的記憶」と、身体で覚えた連続性動作の記憶である「手続き記憶」があります。一般に記憶と呼んでいるのは陳述的記憶のことで、これには「エピソード記憶」と「意味記憶」があります。エピソード記憶は過去に起こった個人的なできごとや経験などに関する記憶で、意味記憶は一般的な知識などの記憶です。

 アルツハイマー型痴呆ではまずエピソード記憶が障害され、ひどくなってくると意味記憶も障害されてきます。この二つは貯蔵される場所が違い、大脳左側の側頭葉が萎縮すると意味記憶が障害されやすくなると言われています。

 これに対して手続き記憶は、衣服の着替えや入浴など、ふだん自然に行っている手順のようなものに関する記憶で、普通の人の場合は特に記憶として意識されることなく活用されているものです。生理的な老化でこの記憶が障害されることはありませんが、痴呆ではこの手続き記憶まで障害されてしまうため、ごく日常的な動作もできなくなるのが大きな特徴です。

 さらに、痴呆の場合、場所や時間がわからなくなります。また、相手との関係やそのときどきの状況のなかで自分の立場を判断することもできなくなります。そのため、新しく出会った人と普通の関係性を保つことがむずかしいのはもちろん、家族のこともわからなくなったり、子どもに向かって「お母さん」と呼んだりすることもあります。

 たとえば、本人にとって非常に印象の深いできごとについて、それはいつのことか、あるいはどこで起こったかを尋ねても、はっきりと答えられません。生年月日についても同様です。やがて、人の顔の見分けもつかなくなっていきます。

 特にアルツハイマー型痴呆では、比較的初期のうちからこうした症状が見られるのが特徴です。症状が進むと、数分以内に起こったことも覚えていられなくなりますが、人との接触を求めて同じことを何度もやったり聞いたりする状態が、ひどいもの忘れのように思えることもあるので、症状だけで単純に判断するのは禁物です。