アリセプト:なぜ初期からの服用が肝心なのか

 

 アルツハイマー型痴呆に対する関心が高いアメリカでは、日常生活に症状がまだあらわれていない初期の初期の段階から、心理テストなどによってその兆候が認められればただちにアリセプトを使おうという動きが見られるようです。

 それをさらに進め、たとえば正常な人と軽度の痴呆の中間の段階にある人についてはどうかという研究も行われてきました。

 もちろん、厳密には、「中間」などというものはなく、あるところで線を引かなくてはなりません。「軽度」といっても、アルツハイマー・型痴呆であると認定するのは、その人の脳のなかでかなり大きな変化が起こっていることを意味しています。

 実際に、普通の対人関係のなかでは気がつかない、あるいは、たいしたことがないと思われるようなちょっとした認知、記憶、思い違い、あるいは錯覚は、脳のアセチルコリンに関係する神経回路に欠陥があるために起っているのかもしれません。正常な人のなかにも、初期の痴呆のほんの少し手前にいる人もいるわけです。まったく正常な状態から、いきなり初期のアルツハイマー型痴呆へ進むわけではありません。その間、数力月から数年間は、そうではない、グレーゾーンがあるわけです。

 こうしたことについてもアメリカは非常に先進的な国で、すでに一年以上前から、普通の人では気がつかないような障害や能力の低下を心理テストを使って見つけ出し、アリセプトによってそれを改善することができるかどうか、そのレベルをどこまで維持できるかどうかといった研究が行われています。

 それによって、何らかの認知機能の低下が発見された場合、ひょっとすると、アルツハイマー型痴呆の初期の初期よりさらに前の、予備的な段階かもしれません。そのことを頭に入れながら、将来軽度のアルツハイマーになってしまう心配のある人に対してアリセプ卜を使ったらどうなのかと考えるわけです。そして、実際、その結果は有効性が高いとされています。

 これは考えてみれば当然のことで、この薬は、重度よりは中度、中度よりは軽度の痴呆に有効性が認められているのですから、それより前の段階ならもっと有効性が高いと言えるのではないでしょうか。ただ、そうなると、病気と健康であることの境目がどこだかわからなくなってしまうのですが……。

 といっても、介護にかかる費用や、その人たちの人生の幸福度は、いつ痴呆が始まるかということに左右されますから、こうした研究はとても重要です。

 また最近では、アルツハイマー型痴呆だけでなく、脳血管性痴呆に対してもアリセプトの実用化が検討されはじめています。高齢者の場合、アルツハイマ-型痴呆と脳血管性痴呆が混在していることが少なくありませんが、UCLA(カリフォルニア州立大学)医学部神経学科が行った予備臨床実験では、脳血管性痴呆にもアリセプトの有効性が認められるのではないかとの見解が示されています。

 これは考えてみれば当然のことで、脳の血流がとどこおって神経細胞がダメージを受けているとしても、その状態にはかなりの幅があるはずです。たとえば、完全に死滅してしまった神経細胞もあれば、死滅しかかっているもの、あるいはダメージの少ないものもあるわけです。

 このダメージの少ない神経細胞にアリセプトが作用してアセチルコリンの機能が維持されれば、神経細胞が賦活され、神経回路も活発に作動するようになるはずですから、それによって痴呆の症状が改善されるのではないかと考えられても不思議ではありません。

 そうしたことから、現在、さまざまな研究が試みられており、アメリカでは近い将来、すべての痴呆症状について、疾患であると認定されれば、それについてもアリセプトの使用が認められる可能性が高いと思われます。

『快老薬品』酒井和夫著より