英語の歴史におけるフランス語の圧倒的影響

 

 英語の歴史においてとりわけ重要なのは、②のフランス語の影響である。フランスの北部、ノルマンディーに住むフランス人が、イングランドの王位継承権を主張してブリテン島を侵略し、イングランドを支配下においた「ノノレマン人の侵入」は1066年のことであった。これは政治、文化はいうにおよばず、言語に関しても一大事件であり、その後数百年にわたってロンドンを中心とするイングランド公用語はフランス語となる。宮廷、議会、学校や教会での正式な言語は支配階級のノルマン人のフランス語。これに対して英語は非支配者階級ともいうべき民衆の言語となってしまった。

 king (国王)とqueen (女王)はかろうじて本来語を保っているが、その他の政治関係の語はほとんどフランス語からの外来語が取って代わって今日にいたっている。court (宮廷)、prince (王子)、princess (王女)、country(国)、nation (国民)、reign (統治)、people (人びと)、government (政府)、minister (大臣)、parliament (議会)、power (権力)・、authority (権力)、counci口審議会)など枚挙にいとまがないほどだ。

 ウォルター・スコットの歴史小説『アイヴァンホー』のなかで奴隷のウォンバは、次のようにいう。非支配者階級のサクソン人が野で追う家畜類は野卑な本来語であるのに対し、ひとたび料理されて支配者のノノレマン人の食卓に供されると、お上品なフランス語に変身してしまうと。なるほど、動物とその肉を列挙してみると、両者の間には次ページに示すよ。うに明らかな対比がある。

 本来語と外来語というこの明確な相違は、当時の階級の相違を反映するとの説明がふつうであるが、加えてフランス料理がイギリスの料理よりもまさるからだとの説もある。なるほど、soup(スープ)からdessert(デザート)にいたる料理用語には、フランス語起源のものが圧倒的に多い。今や世界共通語の英語も、この点にかぎってはフランス語に一目おかざるをえないようだ。

 ついでながら、つつましい「朝食」を意味するbreakfastは本来語であるのに対して、「正餐」のdinner、あるいは「祝宴」のfeast、「宴会」のbanquetなど、「ごちそう」を意味する語がいずれもフランス借用語というのは偶然の一致だろうか。

 料理のほかにも、政治、文化、哲学、法律、ファッションなどの分野における借用語はめざましい数にのぼる。 とくに1340年代にはフランス語が洪水のごとく英語に流入したという。語彙に関するかぎり、当時の英語対フランス語の図式が、現代英語の本来語対外来語という2つの層の構成を決定づけたといってよい。

『英語表現を磨く』豊田昌倫著より