H5N1型インフルエンザの病原性について:サイトカイン・ストームの強毒性を規定しているPB2遺伝子やPB1-F2遺伝子

H5N1型インフルエンザから新型インフルエンザが発生した場合、鳥に対する強い病原性を、ヒトに対して保持する可能性はあるのでしょうか。全身感染を起こす性質は、一義的にウイルス表面のHAの開裂する部位の構造によって決められています。

弱毒型ウイルスではHAの開裂部位はアルギニンが一つ存在するのみです。これは、呼吸器や消化器にのみ局在する特殊なプロテアーゼで特異的に開裂され、HAが開裂して初めてウイルスは細胞への感染性を獲得します。つまり、弱毒型ウイルスは、呼吸器や所下記への局所感染にとどまります。

これに対して、強毒型のウイルスのHAの開裂部位は、リジンやアルギニンなどの塩基性アミノ酸が6~8個連続した構造をもちます。このようなHAは、すべての細胞に存在するプロテアーゼで、非特異的に開裂されます。つまり、すべての感染細胞内でHAは開裂活性化され、すべての組織、臓器で、増殖を繰り返すことができます。その結果、全身感染が起こるのです。

H5N1型鳥ウイルスは、HAの開裂部位に、このように典型的な塩基性アミノ酸の連続した構造をもち、これが、全身感染をもたらしています。さらに、多くの哺乳類にも感染して全身感染を起こします。ヒトも例外ではなく、全身感染とサイトカイン・ストームによる多臓器不全が起こり、致死率は6割以上です。

HA上には、H5亜型の抗原性をになう抗原決定部位が存在します。同時に、全身感染を起こす性質を規定する開裂シグナルも、同じHA上に存在します。鳥のH5N1型インフルエンザウイルスから新型インフルエンザが発生した場合には、HAの塩基性アミノ酸が連続した開裂部位の構造が、アルギニンひとつのみを残して、弱毒型のものに変化する可能性は非常に低いです。したがって、HA型の新型インフルエンザウイルスが出現した場合には、鳥型ウイルスと同様に、全身感染を起こす性質を保持する可能性が非常に高いのです。

H5N1型インフルエンザウイルスがヒト型に変化する場合には、病原性が低下し、致死率は大幅に低下するであろうという予想があります。

重症で致死率の高い新型インフルエンザウイルスに感染した場合には、ほとんどの患者は寝込んで外出できないでしょうし、死亡する可能性も高いです。その結果、外出することでウイルスを社会にまき散らす可能性は減り、大流行は起こりにくくなると考えられます。したがって、新型インフルエンザが大流行を起こすためには、何らかの突然変異によって、病原性や致死率がある程度低下することが必要でしょう。米国保健省のマスコミ向けの行動訓練では致死率を20パーセントと想定しています。

しかし、全身感染を起こす性質に関しては、新型になっても引きずる可能性が高く、弱毒化して局所感染となるという考えには科学的な根拠がありません。ただし、スペイン風邪のように、鳥型ウイルスに遺伝子突然変異が蓄積することでヒト型ウイルスに変化する経路ではない場合、つまり、ヒトと鳥のウイルスのRNA分節の交雑機構によって新型インフルエンザウイルスに変化した場合には、全身感染を起こす性質は変わりませんが、サイトカイン・ストームの程度は低下する可能性も考えられます。

サイトカイン・ストームなどの強い病原性を規定しているのはPB2遺伝子やPB1-F2遺伝子です。細胞死に至るシグナル伝達系の誘導に関係するのはNS1遺伝子です。これらは、HA遺伝子とは別のRNA分節に存在しています。これらの遺伝子の載ったRNAの各分節が、ブタやヒトにおける遺伝子交雑によってヒト型ウイルスのものと交換された場合には、サイトカイン・ストームなどの症状は、軽減、あるいは消失するかもしれません。