冠動脈バイパス手術(キャベツ)と血管形成術の比較


光ファイバーを使った工学器械、コンピューターを使った超小型手術器具、そして、局部麻酔によって、新しい手術法が可能になりました。こうした素晴らしい技術が開発されると、かつての健康な体にメスを入れる手術は、急速にMIS(組織を傷つけない手術)に置き換わりました。そのスピードは驚くほど速いものでした。たとえば、現在、堪能切除術の9割は腹腔鏡手術になっています。

MISならば回復期間も短くて済むので、通常、入院せずに行われます。こうした外来手術は、開業医の診察室や病院附属ではない独立の外来手術施設で行われるケースが増えています。外来手術の上位15種類には、白内障手術、鼠径ヘルニア、膝の関節鏡検査が挙がっています。

なぜ、MISはこれほど急速に普及したのでしょうか? それは、MISが外傷とコストと回復期間を大幅に減らしたからです。その魅力がはっきりわかる例として、冠動脈の血栓を取り除いて心臓への血液の流れをよくする二つの手術法を比べてみましょう。従来の開胸手術とカテーテルを使った手術です。

冠動脈(酸素を豊富に含んだ血液を心筋自体に供給する動脈)が詰まって、働きが悪くなっている人には、息切れから、胸を万力で締め付けられたような激しい痛みに至る症状が出ます。こうした症状が収まらない場合、死に至ることもあります。詰まった血管をバイパスする開胸手術は冠動脈バイパス手術(CABGと書いて「キャベツ」と読む)と呼ばれ、動脈の詰まった部分を迂回して、脚の静脈か胸骨の下の動脈からとった健康な血管をつなぐ手術です。

冠動脈をバイパスするのに脚の静脈を使う場合は、一つの手術チームが鼠径部から踝まで脚を切開して静脈を取りだし、もう一つのチームに渡し、長い切開部分を丁寧に縫合します。一方、もう一つのチームは胸壁の脂肪、筋肉、皮膚の切り開き、心臓を守っている大きな胸骨をのこぎりで切って、心臓を露出させます。開創器で無理やり、切り口を開いておいて、その間に脚からとった静脈を血の固まった血管の代わりに動脈に接合します。切り口を閉じてきれいに縫い合わせれば手術は終わりです。しかし、心拍による振動があっては、高度な慎重さを要するこの手術は不可能なので、手術中は患者の心臓を止め、外部の心肺装置にその機能を担わせます。手術が完了すると、停止した心臓を温めるか電気ショックを使って心拍を再開させます。

このCABGを受けた患者は普通、その勇気を称える二つの勲章をもっています。脚と胸の手術痕です。さらに喉の傷痕という第三の勲章をもっていることもあります。これは、手術後の呼吸を助けるために人工呼吸器のチューブを挿入した跡です。CABGは通常、手術そのものに3、4時間、術後の入院が最低4、5日かかります。手術チームには、心臓専門医、レジデント(専門医実習生)、複数の麻酔医、麻酔担当の看護師、心肺装置を監視する灌流管理技士、このほかに最低2名の看護師もしくは技術者が必要です。そして、高度な訓練を受けた看護師と心臓医がついた集中治療室で回復期を過ごす必要があります。

では、このCABGを、カテーテルを使った冠動脈形成術と呼ばれる手術法と比べてみましょう。これも、冠動脈の血液の流れをよくすることを目的に行われます(PTCA=経皮経管冠動脈形成術とも呼ばれます)。この手術法では、放射線医か心臓医は、鼠径部の動脈に開けた小さな穴からカテーテルを挿入し、冠動脈に達するまで入れていきます。造影剤を使うので、医師は血管を通ってカテーテルが目的の場所に進んでいくのを見ながら作業を進められます。カテーテルが冠動脈の詰まった部分に達したら、カテーテルに格納しておいた風船を血管の詰まった位置に合わせて膨らまし、局所病巣の動脈を広げます。それから、風船をしぼませてカテーテルと一緒に抜き取ります。

血管形成術にかかる時間は全部で1、2時間程度です。通常、外来で行われ、簡単な鎮静剤と局所麻酔だけでできます。

血管形成術はCABGよりはるかに患者への負担が少ないので、導入されるやいなや、たちまち爆発的に普及しました。あまりの急成長ぶりに、不適切に濫用されているのではないかという懸念の声も少なくありませんが、医師会の機関誌に発表された一連の研究によると、CABGにおいても血管形成術においても不適切および疑問のある適用例の比率は、極めて低いことがわかりました。

CABGと血管形成術のコストにはかなりの開きがあります。血管形成術では時折血栓が再発しますが、CABGでは少ないという再発率の違いをいくぶん差し引くとしても、この差は大きいです。再発すると、再手術が必要になります。しかし、コストの代わりに価格で見たケースをとって、かつ手術を繰り返したとしても、血管形成術の価格は全部でCABGの75%に過ぎません。この大きなコストの違いは、他の多くの手術でも同様に違いありません。要するに、MISは従来の手術法に比べ、医療資源の必要量が少ないのです。入院期間も回復期間も短く、手術の入手も少なくて済み、外来で済んでしまう手術もあります。

しかし、医療資源が少なくて済むことだけが、二つの手術法の経済的な違いではありません。より重要なことは、血管形成術のような新しい手術法は、患者の職場復帰を早めるため、国全体の生産性をも高めている点です。72人の患者をサンプルとする研究では、血管形成術を受けた患者の職場復帰までの日数の中央値は18日ですが、CABGでは54日でした。