不登校の治療手順と心理療法

 

 不登校(non-attendance at school)は、 1941 (昭和16)年に米国のJohnson A。 M。が、大きな情緒不安のために登校できないでいる一群の子供たちを、従来からの『非行による怠学』とは異なる『学校恐怖症(school phobia) 」として報告したのが始まりである。それは、心身ともに母子分離ができず、学校に行くことに不安を感じる一種の「学校ノイローゼの状態(母子分離不安)』の結果起こってくるというものであった。その後、学校に行かない状態は、単に学校への強い不安や恐怖だけからではなく、子供側の生育歴や性格傾向などの個人的な問題もあるということで、わが国では1959 (昭和34)年に。

 『登校拒否(school refusal)」と呼ばれるようになった。 1972年には、登校拒否は一種の文化病であり、社会病理の反映として認識され、学校に行きたくてもいけないのであって、必ずしも拒否しているのではないということから、不登校(non-attendance at school) と呼ばれるようになった。

 衣食住が不自由で生きるのに精一杯であった戦後の混乱期が過ぎ、生活が安定し始めた昭和35年前後の高度経済成長期のころから、わが国では登校拒
否が急増してきた。その背景には、社会・文化経済状態との関連が強く考えられ、子供の内面的な条件と子供を取り巻く環境条件が累加的に作用して生じてくると考えられるようになった。

 以上のように、学校に行かない原因をどこに求めるかで、概念や定義・名称も時代とともに変わってきている。

 政府は1966 (昭和41)年から学校基本調査を行っており、そのなかでは、年間50ないし30日以上欠席した児童生徒のうち、欠席理由が、①身体的な病気がない、②家庭の中に通学に困難を生じるような経済的な問題がない、③非行にはっきり結びつかない、という三項目を満たすものを「学校嫌い」と定義している。平成8年度に年間50囗以上欠席した小中学生は、77、542人と前年度より約10、668人増加し、中学生で約70人に1人、小学生で約500人に1人の割合となっており、10年前と比較して小学生で3。5倍、中学生で2。1倍に増加している。


1……診断

 疾患の概念で述べたように、名称は使用する立場や時代により変化し、意味するところも若干異なってきている。不登校を、何らかの理由で子供が学校に行かないか、行くことができないすべての『状態』を示すと広義に定義する場合もある。この背景にはさまざまな要素があり、そのひとつで起こっているもの、そのなかのいくつかがからまって起こっているものなど複雑である。心身症に分類されているので、『児童・生徒が、登校しなければならない、登校したいという意志を有しているにもかかわらず、何らかの心理的、神経症的、情緒的、社会的背景により、登校したくてもできない状態(病気や経済的理由のものを除く)』と狭義に定義しておく。

 症状や訴えを参考に理学的所見をとり、必要な検査を行い、身体症状(頭痛、腹痛、悪心、嘔吐、倦怠感など)が、不登校にともなうものか、身体疾患によるものか、心理精神学的なものなのかを鑑別する。

 臨床像としては、子供が明確な理由を説明できず、登校をいやがり、初期には頭痛・腹痛などの身体症状を訴え、心気症的な症状で登校できないことが多く、不登校状態が長く続くと、学業の遅れや、学校へ行ってないことへの不安が出現・増大し、登校刺激や登校の強制により、反抗したり乱暴したりするようになる。学校へ行かない状態が長期化・慢性化すると、社会から家庭に引きこもり、基本的生活習慣も乱れ、起床も遅くなり、昼夜逆転の生活となり、自分のペースで気ままな生活をするようになる。

 不登校と怠学(school truancy)との違いは、不安(特に予期不安)や悩みの有無によると考えられる。すなわち怠学には不安や悩みをともなわない事が多い。


2……治療

1)総論

 外来治療もしくは入院治療を行う。通常は、外来により心理治療が行われている。しかし、診断の項目でも述べたように、一概に不登校といっても、さまざまな疾患群の集まりであると考えられる。また、単独な要因だけでなく、たくさんの要因が複雑に絡み合った症例も少なくない。摂食障害をともない、身体的に衰弱した場合や、過換気、ヒステリーなどの転換症状をともなう場合、行動化の激しい場合、境界型性格などの人格障害、精神病的要素のみられる場合には、小児科ないしは精神科への早期の入院治療が効果的である(本人や家族の同意が得られることが必要である)。また、両親が養育できないような生活環境がある場合は、施設への入所をした方が効果的である。入院・入所に関しては学業補償の面から院内学級などの学校が併設されていることが望ましい。

 不登校の問題の性質が多岐にわたっているため、一定の治療法や「こうやって対応するのが正しい」といっか決まった方法はない。出会った不登校児・生徒と向き合い、具体的に今できることは何なのかをそれぞれの症例で見出し、一緒にその子の進む道を模索することになる。不登校という現象によって子供が何を訴えようとしているか(行動の意味)を、どこまで的確に把握できるかが重要である。それには、まず子供の立場に立ち、子供の悩みを受け止め、受容的な態度で接することにより、患者一治療者間の信頼関係を損なわないようにし、彼らの苦しみを理解しようとする姿勢(共感)が必要である。発症から時間がたち、慢性化したり、重症になると小児科医だけでは治療が困難になる。

 子供に対しては心理療法を、親に対してはカウンセリングを行う。親子別々のカウンセラーの方が効果的な場合もある。

 本人の精神状態がきわめて重篤な(脅迫症状や不安が強い)時と、客観的にみても学校に問題が大きい時(いじめなど)は、学校に行力ゝせる努力をしない方がいい。すなわち、登校刺激は与えないことである。

 治療目標は単に登校を再開させることではなく、患者の自律心を養い、患者の自我を支えることにより、対人関係においてパーソナリティーの健全な発達と社会適応能力を高めることである。したがって、治療短期間に達成されるものではない。

 不登校の子供たちが、学校以外の施設への通学・通所を決意するまでには、約6ヶ月から1年半を要することが多い。それは、再登校して、にれではとってもついていけない」と挫折感を味わった時のようである。


2)治療手順

a)ラホールの確立(患者-治療者間の信頼関係を確立する)

 患者やその家族が「治してもらわなくてもいい」と思えば、どんなに患者を治そうと思っても治すことができない。患者や家族に傾聴、受容、共感的態度で対応し、患者を治療の土俵へ乗せることが第一条件である。現在は心理的要因から身体的症状が現れて登校できない状態にあることを、患見とその家族に納得のいくようにわかりやすく説明することが大切である。

b)面接

 充分な受理面接(インテークインタビュー)を行い、準備状態の因子、症状の起因と増悪に関する因子、症状の軽減消去に関する因子、症状存続の因子の有無と程度を分析する。不登校の子供たちのなかには、最初から心を開かない子供たちも多い。このようなときは、母親から病歴および経過、これまでの対応などを聞き、可能な限り情報を集め、家族の問題、学校の問題、子供自身の発達上の問題の三つを関係づけながら整理し、子供の抱える問題のひとつひとつを、もっれた紐を根気強く解いて行くことが必要である。

C)患者への心理療法(面接、自律訓練法箱庭療法など)

 初期段階で訴える心気症には、自尊心を傷つけないようによく聞き入れ、必要な手当てをすることが必要である。学校の話題は一切出さず、登校刺激を与えないで、子供の関心のある話題に集中していくのが基本である。子供の訴えをよく聞き、環境整備を行い、子供の不安や焦りを沈静化し、心理状態の安定化をはかる。担任教師・学友の訪問も避け、学校の話題にも乗らない場合や、学校への恐怖感や不安の強い場合には登校刺激はやめる。

 心理療法が進むにつれて、不登校の準備状態を形成していたその家庭の固有の、あるいは病理的な問題が次第に明確となり、家族や本人を理解できるようになる。つづいて日常生活が自立(律)化し、適応能力が拡大し、自発性が出現し、自分自身の立場を客観的にみられるようになり、自分の将来の方向性を模索し始めた時点で、登校刺激をかけるのがよい。

d)親への心理療法(父親面接、母親面接、自律訓練法など)

 ステージにより環境の整備を行う。社会的学習体験を一緒にしながら親子の絆の再確認をし、親からの心理的ひとり立ちの機会を提供する。すなわち、chance (機会)、 place (場)、 information (情報)を提供しながら、患児の動くタイミングをみつけてゆくのである。

 親の心労をねぎらい、傾聴に努めることで、かえって親自身の抱える課題が明らかになることもある。

 患児が治療の場に来ることができない場合は親への心理療法が主体となる。

e)身体症状への対応

 精神的・心理的なもので病気ではない、などと片づけない。子供の表出する身体症状は、心身相関により強い葛藤や不安の結果として引き起こされたものと理解し、一緒に身体症状の原因などを模索する態度が必要である。

0収容治療(入院、情緒障害児施設への入所)

 本人さえ納得すれば、ほかの子供だちとの共同生活、レクリエーションを治療的に用い、効果的な自立(律)援助が可能である。

 一日の3分の1を学校、3分の2を家庭で過ごす子供たちを、一医療機関の医師だけでサポートできる症例は限られている。より効果をあげるためには、子供たちを取り巻く学校、家庭、地域、専門機関、行政の人々との協力が必要なことはいうまでもない。

不登校の子供たちにも色々なパーソナリティーをもっか子供たちがいるように、看護師にも色々なパーソナリティーをもった人が存在するわけである。担当の看護師は、入院初期はある程度固定し、受容と共感の心得のある人が適切である。


○学校の枠外でも自分の生き方を見出し、人格の成熟を目指せばよいはずである。しかし、現在のわが国では、学童期の子供に公教育・私学以外で人格発達、知的学習ともに与えられる教育の場(機会)を提供するのは至難の業である。このことを充分に理解し、看護師個人の人生観から無責任な学校批判などを行わないことが大切である。

○子供が訴える頭痛が脳腫瘍の前兆ということもありうるので、複視などの頭蓋内病変を疑わせる症状の問診は入院経過中時々行ない、注意を払っておく必要がある。

O本人は、多かれ少なかれある種の罪悪感や後ろめたさ、不安や焦りを感じさせられており、親もまた同様である。このことをいつも頭の片隅に置き、焦らず対応していくことである。まず、看護で最初に行ってゆく課題は患児と家族の心をいやすという事である。いやすのに、アニマル療法、アロマテラピー音楽療法などをとり入れてゆくのもひとつの方法である。

○集団カウンセリング(父親の会、母親の会、両親の会、患者の会など)看護師も心理職、医師と一緒に積極的に参加企画してゆく事が大切である。

○患見との会話は、話しやすい日常的な話題からはじめ、本人の心理面の相談をもちだしたらそれを少しづつ深め、主治医と心理職と相談し対応及び治療計画を立てる。