アルコールは心臓をダメにする

「酒は心臓病のリスクを減らす」といわれています。実際、国立がんセンターが飲酒量と虚血性心疾患などの循環器疾患発症の関連性を調べたものがあり、これによると、飲酒を全くしない人の相対リスクを1とすると、飲酒量が多い人ほど虚血性心疾患を発症するリスクが下がることが明らかになりました。フレンチパラドックスという言葉もあります

しかし、これは本当なのでしょうか。

まず、飲酒により虚血性心疾患のリスクが下がる理由についてですが、これにはアルコールの善玉コレステロールを増やす作用、血小板の凝集を抑える作用などが示唆されています。こうした働きを見れば、こと心臓に関しては飲酒はよさそうなものですが、過度の飲酒は心臓にも悪影響を及ぼします。

少なくとも心筋症という心臓の病気の原因の一つは飲酒です。

心臓は筋肉でできた臓器で、この筋肉が一定のリズムで収縮を繰り返すことで全身に血液を送っています。心筋症とはこの心筋が何らかの原因で熱くなり、収縮しにくくなる病気です。血液を全身に送るポンプ機能がうまく働かなくなって全身の血液や栄養が不足するため、だるさや息切れ、動機などの症状が出てきます。心筋症のうちアルコール性心筋症といわれるものは、日本酒なら1日に4~5合以上を10年以上飲み続けている人で、他の原因となる理由がない場合に診断されます。

アルコールがどのようなメカニズムで心筋に悪影響を及ぼすのかは、いまのところ分かっていません。ただ、アルコール性心筋症の治療は、やはり断酒に尽きます。一度ダメージを受けた心筋の組織は元に戻りませんが、心筋症の原因となる要因が取り払われれば、心臓の機能はある程度まで回復します。また、症状が強い場合は断酒と並行して、症状をとる薬物治療なども行われます。

ただし、重症化した心筋症になると、断酒や薬物治療だけでは心臓の機能は回復しません。またこの場合、必ず不整脈も同時に発生しているので治療は難しく、人工心臓や心臓移植によらなければ延命できない状況です。

アルコールで心房細動を起こしているケースも少なくありません。心房細動とは不整脈の一種で、心臓の拍動に関係する電気信号が乱れる病気です。右心房の近くにある洞結節から心房に送られる電気信号は、安静時で1分間に約50~100回ですが、心房細動が起こると350~600回まで増えます。これにより心房が正しく収縮できなくなってポンプ機能が低下し、血液循環が悪くなります。

心拍の電気信号を司る細胞は、アルコールの毒性によってダメージを受けやすいので、飲酒する人に心房細動が起こりやすいのです。しかも肝臓のアルコール代謝と違い、アルコールに強い・弱いに関係なく、ある程度の量のアルコールが入った時点で、細胞が壊れていきます。

何より、アルコールによる心房細動が怖いのは、「酔い」で感覚がマヒし、心房細動に注意を払わない点です。普通は心房細動で血圧が下がって息苦しくなったり、バクバクと心臓が拍動したりすると、休憩したり、心配になって病院で受診したりします。

ところが、酔っていると「酔っぱらった」ぐらいの捉え方しかしません。酔うたびにそういう体調になると、次第に慣れてしまいます。その結果、アルコール性心筋症や心不全に進行したり、心房細動で左心房の中にできた血液の塊が脳の血管に流れ込み、脳梗塞を発症したりしてしまいます。

お酒を飲むと心臓がドキドキするヒト、飲酒歴があって、階段を上るのが最近つらくなった、疲れやすくなったという人は、まずは病院で受診してみてください。心電図や胸部X線検査、超音波検査などで簡単に診断がつきます。

アルコールによる心房細動の治療の基本はやはり断酒で、そこにβブロッカーなどを用いた薬物治療、CRT、カテーテルアブレーションなどが状況によって加わります。ただし、こうした治療で心臓の機能は改善しますが、心臓自体が健康な状態に戻ったわけではなく、飲酒を再開すると再発します。ビールであれ、ワインであれ、焼酎であれ、過度の飲酒は、肝臓や膵臓だけでなく、心臓にも影響を及ぼすことを忘れずにいたいものです。