日本人が金髪・青い眼の子供を産めない理由

 一セットのヒトゲノム(二三本の染色体)を積んだ精子卵子がめでたく受精すると、ゲノムはもとのニセットにもどり、受精卵は分割を開始して、やがて人間へと成長していく。

 ところで、ニセットあるゲノムのうち、実際に形質として現れるのは精子に積まれていた遺伝子のほうか、卵子のほうのどちらなのだろうか。この問いに一つの明解な答えを出したのがメンデルである。

 メンデルはエンドウ豆を使って遺伝の法則を明らかにした。メンデルが、代々種皮の色が黄色で形がしわしわでいびつな豆しかつくらない純系エンドウと、代々種皮が緑色で形がつるんとした丸い豆しかつくらない純系エンドウを掛け合わせると、できた豆はすべて種皮の色が黄色で形がつるんとした丸い豆だった。このことからメンデルは、種皮の色においては黄色が優性、緑色が劣性であり、種子の形においては丸が優性、しわしわが劣性であると見破った。ここでいう優性・劣性とは遺伝子が優れているとか劣っているという意味では無論ない。どちらかというと優勢・劣勢というニュアンスだ。

 つまり、子は両親(おしべとめしべ)からゲノムをIセットずつ受けとるとき、ある形質において、優性の遺伝子と劣性の遺伝子をそれぞれ受けとると、必ず優性の遺伝子のほうが体に表現されるのだ。

 たとえば、典型的な日本人女性と、金髪・青い眼の外国人男性が結婚したとしよう。おそらく典型的な日本女性のほうは黒い髪と黒い眼の純系で、ゲノムには黒髪の遺伝子を二つと、黒眼の遺伝子を二つもっている。そうすると、二人の間にできた子供は必ず黒髪の遺伝子と黒目の遺伝子を一つずつもつことになる。

 父親が金髪・青い目の持ち主なら、子供をたくさん産めばそのうち何人かは金髪・あるいは青い目をしていてもよさそうなものだが、現実はそうならない。子供は全員が黒髪・黒眼となる。なぜなら黒い髪の色や黒い眼の色は金髪や青い目に対して優性だからだ。もっとも、実際には母親のように真っ黒な髪と目ではなく、微妙な色合いを示すかも知れないが、いずれにしても黒に近いことだけは確かだ。

 ただし、日本女性でも金髪・青い眼の孫はもつことができる。生まれてきた子供が金髪・青い眼の外国人と結婚すれば、孫がそうなる可能性がある。

 この事実は二つのことを教えてくれる。一つめは、劣性遺伝子は両方の親からその遺伝子をもらわなければ形質が体に現れないということ。二つ目は、劣性遺伝子は表に出ずに隠れていることができるため、それが次世代で現れるかどうかは、まったくもって確率的であるということだ。確率的とはどういうことか。

 黒い髪の外国人男性がいて、彼の両親が何色の髪をしているのかがいっさいわからないとしよう。彼のもっている遺伝子の組み合わせには二通りの場合が考えられる。黒髪の遺伝子二つか、黒髪と金髪の遺伝子を一つずつかで、その確率は二分の一である。一方、金髪の女性がいる。ここでは白い髪や赤い髪を考えないとするので、金髪女性は必ず金髪の遺伝子を二つもっていることになる。とすると、生まれてくる子供は二分の一の確率で黒髪か金髪になる。

 それが黒髪どうしのカップルだと、二人がともに金髪の遺伝子を一つずつもっていなければ金髪の子は生まれないので、まずその確率が四分の一。そして、子供が金髪の遺伝子を二つもらう確率が四分の一なので、金髪の子供が生まれる確率は一六分の一となるわけだ。

 体のさまざまな形質で、優性・劣性遺伝が明らかになっている。たとえば、えくぼは優性遺伝し、二重まぶたや天然パーマも優性遺伝する。変わったところでは「舌をすぼめて丸める寸」とができることも優性遺伝だ。もっともこれらの形質を決定する特定の遺伝子が見つかっているわけではなく、家系図をつくり、誰にどのような形質が現れているかを調査して判断される。

 エンドウの場合は、豆がしわしわになる理由がはっきりしていて、糖をデンプンに変える酵素の遺伝子に変異があり、そのため余計にできた糖が水分を吸収していったんふくらみ、それが成熟して水分を失ったためにしわがよる。この変異遺伝子は劣性なので、二つそろった場合だけしわしわの豆ができるのだ。