プリオン説への疑惑

 

 このように厳密に時間経週をとって、感染性(病原性)と異常型プリオンタンパク質の動きを追ってみると、必ずしも、異常型プリオンタンパク質あるところに、その存在量に応じた感染性が確認されるということにはなっていない。リンパ組織では、むしろ感染性が先行して蓄積し、感染性が移動した後、遅れて異常型プリオンタンパク質が蓄積すると考えたほうが、観察結果をうまく説明できる。両者がパラレルに見えるのは唯一脳だけであるが、それは病原体の出発地点と最終目的地が脳だからであって、感染性はその場にとどまり、病原体の活動の結果できる異常型プリオンタンパク質もその場に蓄積されると考えればよい。むしろ、病原体は接種初期には脳で増殖せず、いったん唾液腺周辺や脾臓などのリンパ組織に移動し増殖した後に、再び脳に戻っているように見える。

 

 異常型プリオンタンパク質そのものが病原体だとすれば、脳、唾液腺、牌臓、いずれでも、異常型プリオンタンパク質が蓄積する動きと、感染性の高まりはパラレルに動くはずであり、また異常型プリオンタンパク質と感染性との比は一定のはずである。唾液腺における両者の逆相関的な動きは、この二つの値が一定の比を保っていることを否定している。

 

 さらに踏み込んでいえば、異常型プリオンタンパク質が病原体そのものであるとするプリオン説への疑義ともなりうるデータである。論文執筆者の片峰らも、そのことを考察として明記している。「異常型プリオンタンパク質が病原体そのものではないと論じている研究グループがある。我々のデータもこの議論を強く支持するものである」。

 

 同じように、感染性あるところに必ずしも、それに応じた異常型プリオンタンパク質が存在しているのではなく、むしろ両者は分離できる場合があることを示した論文は複数ある。最近では、フランスの研究者ラスメザスが『サイエンス』誌に発表した論文がある。ここでは、狂牛病脳サンプルを投与されたマウスで、異常型プリオンタンパク質の蓄積を認めないのに、伝達性ズボン

プリオン説はほんとうか?』福岡伸一著より