認知症は遺伝するのか

 

 このように、アルツハイマー型痴呆の病態は神経病理学的に明らかになってきていますが、その状態がどうして起こるのかという根源的な理由はまだほとんど解明されていません。そこには、遺伝的な原因、あるいは炎症やホルモンに関係した生化学的な原因が考えられていますが、教育レベルの低い層に発症率が高いなどといった報告もあります。

 遺伝的要因として、早発性あるいは家族性のアルツハイマー型痴呆ではたしかに、アミ ロイド前駆体タンパクであるAPPの遺伝子異常が認められています。それによって、異常なβアミロイドの産生か促進されるのです。

 また、早発性あるいは家族性のアルツハイマー型痴呆では、プレセニリンという遺伝子が関与していることもわかっています。プレセニリンはβアミロイドの生成に関係のある遺伝子です。したがって、これが変異を起こすことで異常なβアミロイドが増加し、それが沈着することから老人斑の形成が加速され、細胞死が起こりやすくなると言われています。

 しかし、これらはいずれも早発性あるいは家族性の痴呆の場合です。アルツハイマー型痴呆全体のうち、遺伝によって発症するのは全体の二%ぐらいではないかと見られています。家族性でない場合や老年期(遅発性)のアルツハイマー型痴呆では、こうした遺伝子の変異はまだ報告されていません。タウ遺伝子の異常なども見つかっていないのが現状です。

 家族性、非家族性を問わず、アルツハイマー型痴呆の発病年齢については、血液中の脂質代謝にかかわるタンパク質=アポリポプロテインEの関与が判明しています。アポリポプロテインEには2~4型がありますが、そのうちの4型をもつ人は発病年齢が若いことが報告されています。しかし、これがなくても発病する場合もあり、これも絶対的な条件とは言えません。

 生化学的な原因としては炎症も考えられています。アルツハイマー型痴呆の脳の特徴の一つが老人斑であることはすでに説明したとおりですが、問題は老人斑自体ではなく、そこに何らかの原因で炎症が起こるために脳に障害が生じ、そこから神経細胞の死につながるという考え方があるのです。

 また、脳が何らかの打撃を受け障害を生じたことが原囚でAPPが過剰に産生され、結果として異常なβアミロイドが増えるという説もあります。たとえば、頭を激しく打つことの多いボクサーの脳にアルツハイマー型痴呆と同じ病変が起こることがあることはよく知られています。これは、傷ついた神経細胞を修復する過程でβアミロイドが沈着するのが原因ではないかと考えられています。

 さらに、因果関係があいまいなまま長い間話題になっているものにアルミニウム原因説があります。しかし、これについてはいまだ結論が出ていません。

 たしかに、アルツハイマー型痴呆の脳の老人斑や神経原線維変化からアルミニウムが検出されることは事実です。それらがどのように関係しているかは今なお不明ですが、タウタンパクの変化や不溶性のβアミロイドが形成される過程に何らかの関係があるのではないかと考えられています。

 海外では、飲料水のアルミニウム濃度とアルツハイマー型痴呆の発症の問に相関があったとする報告もいくつかあります。しかし、だからといって、WHOなどが飲料水中のアルミニウム濃度の基準を変えるという動きはまだありません。

 もう一つの要因として、女性ホルモンであるエストロゲン分泌量の低下があります。これによってアルツハイマー型痴呆の発症率が上がるとされ、最近エストロゲン療法の報告が専門誌で報告されています。

 一方、変えることのできない要因として、年齢や性別などの影響も考えられます。たしかに、六十五歳を過ぎると、統計上では、加齢とともにアルツハイマー型痴呆にかかるリスクが高くなります。

 また、報告によっても多少違いますが、アルツハイマー型痴呆の発症率は統計上、女性のほうが男性に比べて約一・七~三倍もかかりやすいのです。

 また、教育レベルが低い層にアルツハイマー型痴呆が多かったとする報告については、地球規模で考えれば、高い教育が受けられなかった人たちのなかには食事を含む生活環境に恵まれなかった人々も多く、そうなると何か直接的な原因かはわかりません。ちなみに、ハワイ在住の日系人は、日本在住の日本人よりアルツハイマー型痴呆の発症率が高いという報告もあります。