高齢者のうつ:薬

 

 うつ状態はアルツ(イマ-型痴呆の周辺症状として、その進行の過程で出現する場合もありますが、それとは別に高齢者のうつは増える一方です。

 老いていくことのさびしさや、仲のよかった先輩や友人に次々と離別し、やがては自分も無に帰っていくこと、つまり死というものを意識せざるを得ないわけですから、寂寥感をもたないほうが不思議なくらいです。こうした心理的な条件が解決されないと、うつは高頻度で出現します。

 高齢者のうつでは、次のようなことが問題になります。 うつの症状の一つとして食欲の低下がありますが、それによって体重が減少し、その結果、さまざまな体の機能が低下してきます。しかし、体が弱って歩けなくなると、さらにうつが悪化します。

 また、免疫力が低下することによって感染症にかかりやすくなり、いったん病気になると治りにくくなります。しかも、うつは自然治癒が期待できないため、これらの症状が悪化してしまう可能性もあります。

 さらに、痴呆と似た症状であるため、おかしいと思って病院に行っても、適切な治療が受けられないケースもあります。

 最近まで高齢者のうつに安全に使用できる薬が日本にはありませんでしたが、一九九九年頃からSSRI、SNRIと呼ばれる抗うっ薬が日本でも認可されたことから、高齢者のうっの治療がとても楽になりました。

 具体的には、①デプロメールルボックスを二五㎎(夕食直後あるいは就寝前)、②パロキセチン(商品名=パキシル。) 一〇㎎(夕食後)、③塩酸ミルナシプラン(商品名=トレドミン。) 一五圭二〇㎎(一日二回食後)、①塩酸トラゾドン(商品名=デジレル。、レスリン。ほか)二五㎎(就寝前)などの処方が考えられます。

 ①、②はSSRI、③はSNRIと言われ、世界で広く用いられている抗うっ薬です。これまでの抗うっ薬に比べ安全に使用できます。副作用としては、①と②には胃腸系の副作用、②では囗渇が多少起こりやすいという特徴があります。①、②、①は眠気やだるさをもよおすことがあります。

 ①、②による胃腸系の副作用は、食事中に服用することでだいぶ軽減されます。①の眠くなる副作用を利用して、逆に高齢者の不眠に対してレスリンを一日一回二五㎎就寝前に投与することも考えらますが、この場合、睡眠薬を使わなくてもよく眠れるようになるという利点があります。

 ①、②、②を一緒に服用するのは好ましくありませんが、①、②、③のそれぞれと、①のレスリンの組み合わせは問題ありません。

 さらに、これらメインになる抗うつ薬に加えて、塩酸アマンタジン(商品名=シンメトレル⑥ほか)五〇~一五〇㎎(朝夜に分けて)を試すのも実際上、有益であることが多いのです。シンメトレルは不思議な薬で、香港A型のインフルエンザ用の薬であると同時に、パーキンソン病の治療薬でもあります。また、最近では脳梗塞後のうつ状態にも適応が通っています。高齢者のうつには比較的よい効果が見られることが多いのです。

 注意しなければならない副作用には、不眠、せん妄があります。シンメトレルは脳のドーパミン系に働きかけるので、落ち着きがなくなったりすることもありますが、おおむね安全な薬として利用できます。

 ①、②、③の抗うつ薬を服用する場合、食欲低下が心配されますが、その際はドグマテール五〇~一〇〇㎎を用いて消化器系の副作用に対応することも可能です。この薬は精神安定作用、抗うつ作用も期待できます。 高齢者の食欲低下は若い人の食欲低下と違って、適切に対処しないと身体機能を衰弱させかねません。ですから、痴呆の治療の際には、こうした安全性の高い薬をアリセプトと一緒に用いることで、合理的かつ大幅なQOLの改善が期待できるのです。

 せん妄に対する一般的な治療法・処方は、リスパダールー~二㎎、塩酸ビベリデン(商品名=アキネトン。、タスモリン⑧ほか) 一㎎、あるいは、リスパダールを(ロペリドール(商品名=セレネース。ほか)〇・七五~二㎎など他の抗精神病薬で代用することもできます。また、塩酸チアプリド(商品名=グラマリール。ほか)二五~七五㎎も、単独あるいはこれらの薬と併用して効果が期待できます。現在、せん妄の治療薬としてはリスパタールが世界的に広く使われているようです。

 どんな薬にも、効果としての作用がある一方で、リスクとしての副作用がつきものです。ですから、処方を希望される際には、そうしたことを頭に入れておくことが必要です。いずれにしても、薬を使う際の大前提は「薬を正しく理解する」ということです。


『快老薬品』酒井和夫著より