外傷後精神病

 重度の頭部外傷のあと精神病が起こることは、一八七〇年の仏露戦争での兵士の研究以来知られています。しかし、どのくらいの頻度でどういった頭部外傷が精神病を起こすのかは、依然としてたいへんな論争となっています。外傷後の精神病は、二四時間以上の昏睡があったり、また側頭葉や前頭葉に限局した損傷のある場合に多く見られます。また、妄想はよく見られるが思考障害は稀れであるとされています。

 頭部外傷と精神病の発病との関係を評価しようとすると、問題が出てきます。頭部外傷と統合失調症は共に若者によく見られ、そのため、ときに同時に起こることがあります。たいていの若者には、思い出せばなんらかの頭部外傷があり、病気の理由を探している親族には、外傷と統合失調症を結びつけたくなります。この関係の評価をさらに難しくしているのは、統合失調症の早期症状の出現し始めた人が、その病気から頭部外傷を起こすような無茶な行動をするかもしれないことです。家族は早期症状に気づかず、そのために統合失調症の発病と外傷を結びつけるかもしれません。最後に、外傷による精神病は、脳の直接的な傷害によるものなのか、もしくは最後のI押しとなる強いストレスとして働くのか、という根本的な問題があります。

 ジョンは二二歳の大学生でそれまで精神症状の既往はなかった。ある日、自転車に乗っていて車にはねられた。それから一六日間、半昏睡状態で、神経学的障害の徴候と発作が見られた。半昏睡状態から脱した後、ジョンは母親に「ラジオが自分をホモだと言っている」と訴えた。その後不眠と頭痛以外には症状は認められなかったが、一年たって突然自殺企図で入院となった。入院時に見られた被害妄想はどんどん悪化し、それからの五年間に七回入院した。この妄想には抗精神病薬が有効だったが、ジョンは退院のたびに服薬を中断した。